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素人住宅営業マンから、住宅の技術力をもったプロの営業マンへと成長したいと望み、仕事・家族・食べ物等を通して、今の自分を吐露した記録。ほぼ毎日、なぜか晩御飯のメニューを掲載。
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何かと刺激がある新潟の支店から帰って来ました。



サッカー元日本代表の
山口素弘選手が現役引退することを知りました(涙)


私の大好きな選手でした。


加茂監督率いる今はなき
横浜フリューゲルスのキャプテン!
その頃から大ファンでした。
メンバーもすごかった(Jリーグ発足当初は、弱かったのよ)
全盛期のドリブルを魅せ続けた前園もいたし、
信じられないフリーキックを決めるエドゥー、
ほんとに来ちゃったよ現役ブラジル代表だったサンパイオ、ジーニョ
面白ダンスのモネール、
三浦アツもいたよ、
今だに代表に名を連ねるゴールキーパーの楢崎!(私の中では川口より上だ)

それらメンバーを束ねたキャプテン山口。

冷静にゲームを読み、相手の攻撃を摘む頭脳的な守備が渋い!!
「ボランチ」なることばが、日本でももてはやされたのは
この人のおかげです。


もちろん、日本代表の中盤の要でもありました。
フランスW杯アジア最終予選、韓国戦のループシュートは
彼の真骨頂でもあり、興奮しました。
名波との中盤の名コンビぶりはもちろん、
当時は若気のいたりの生意気さがあった
新星の中田英寿(彼のその後の生き方には閉口)を
後方から手綱を締めるように操るさまをみてワクワクしたものです。



そしてなんといっても脳裏に焼きついているのが

1999年元旦、国立競技場での天皇杯優勝し、
キャプテンでもある彼が意地で勝ち取った
優勝プレートを快晴の冬空へ高々と掲げた姿でした。


涙が出ました。


そう、行きましたよ。雪の新潟からワザワザ新幹線に乗って
国立競技場へ(確か、日帰り)

天皇杯決勝へ進むことを願いつつ、
当時、東京にいた横浜マリノスサポーターの妹(はぁ~)に
チケット購入を頼みましたよ。賭けでした。

鉛色の日本海上越の空から、
カラッと晴れ渡った東京の青空をうらやましく眺めながら
競技場へ到着。

競技場全体が横浜フリューゲルスを応援する雰囲気の中
私の前の席には、なぜか紛れ込んでしまった対戦相手の
清水エスパルスを応援する若者二人が・・・。

エスパルスの選手がシュートを放つたびに
「あっ!!!」「うっ!!!」などと呻く二人、
私の近くで反応するのは、その二人のみ・・・。

かたやフリューゲルスの選手が好プレーやチャンスを魅せると
二人を除く、私を含め大勢の方々は「ガタッ!」と席を飛び跳ねるといった次第。


とにかく、あの場所にいた空気は忘れません。


横浜から名古屋へ
名古屋から、当時J2の新潟アルビレックスに移籍してきた時は
うれしい反面、悲しくもありました。

現横浜FCでの現役ピリオド・・・、お疲れさまです。


きっと、監督、コーチとして現場に戻ってくるはずです。

私は、待ってます。代表のスタッフとして戻ってくることを・・・。
            (協会幹部でも可)





今日の我が家(私)の晩御飯


・米山PAのモツ煮込み定食


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hiroyasu
年齢:
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性別:
男性
誕生日:
1971/09/08
職業:
お客様を創造する仕事
趣味:
サッカー・野球TV観戦           ドライブ(食べ物目的)                音楽鑑賞
自己紹介:
ようこそ
いらっしゃいませ(^0^)/


~これまでの歩み~
「デザイン系の仕事がしたいなあ~」と漠然と北海道の学校(美術系)へいく。

そこでなぜか、建築の道へ進むことになる。

地元上越の設計事務所に勤務し、そこでは、大型物件・公共建築を中心としたお堅い設計の仕事を行う。

個人住宅専門の設計事務所に所属することになる。
そこでは、設計以外の家づくりに係わる様々な業務を経験(特に営業面)するが転職することに・・・。

ハローワークでお世話になり、

現在、大手大規模リフォーム部門がある会社に所属。


仕事を離れると、7人家族(三世帯)の中の二児の父親でもある。家族の中で、良き父であり、良き夫でいたいと思うが、家族からは、「ちびまる子ちゃんの父ヒロシ」のようなポジションの人と思われている?

ちなみに、「ヒロシ」のように酒は強くなく、晩酌する習慣がない。
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